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ぽんの考え事

雑記と体験談+考え事

いじめは大人が作り、子供に教えているのだ

世間はゴールデンウィークだと騒がしいが、私は人ごみが嫌いなので家で過ごしている。何故、多くの人は同調して動き、混雑を生み出し、消耗しているのだろうか。私にはよくわからないし、わかろうとも思わない。

 

 いじめ自殺がニュースで取り上げられている。教育委員会は「いじめは無かった」と隠蔽に必死になっているが、私に言わせれば「いじめが無い組織など存在しない」

 

 「個人が攻撃され、傷ついている事実」をいじめと認めるかどうか?で、全てが決まるのだろう。例をあげれば、社会人の新人研修は「殆どいじめの様な研修」もある。強制的に「道で大声で叫ばせる」や「やる事なす事、徹底的にダメ出しする」や「うまく出来ない人を怒鳴りつける」等が挙げられるが、社会人になると、これらの被害を受けた個人が鬱になったり、自殺をしても「自己責任」となってしまうケースが多々ある。

 

 しかし、これらが学校で行われた結果、被害者が自殺した場合は「いじめ」と認められるだろう。子供がすると「いじめ」になり、会社の研修担当者がすると「マナー研修」になる訳だ。両者の違いは「権力があるか、ないか」だろう。逆に、共通する点は「ある枠組みにハマらない人間を叩いて潰す」という点である。

 

「ある枠組みにハマらない人間を叩いて潰す」を実施していない組織は、殆ど見かけない。つまり「大人の社会構造は、基本的にいじめ」なのだ。だから、そんな大人達が「子供のいじめ問題は放置出来ない」と言っているのは、とても滑稽な事だ。

 

 

現状では「いじめは大人社会へのフィルター」になっていると思う。いじめを受けてしまう様な弱い子供を社会人にさせない為のフィルターである。そのフィルターをくぐり抜けて、社会人になった若者達も、仕事を通して鬱や自殺に追い込まれる。

 

 これは「正当な社会の厳しさ」などではなく「不毛ないじめ文化の蔓延」に他ならない。

 

 そもそも「道で大声を出せる人間なら物が売れる」などと、本気で考える無能が会社の上層部にいる様では、日本経済の未来は暗い。