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ぽんの考え事

雑記と体験談+考え事

「好きな事を仕事にしよう」で失敗する人

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僕が大学生の頃はすごく言われていて、今も巷でよく聞く言葉に「好きな事を仕事しよう」というものがある。

「何かしたいことはないのか?」と、就活を始める前くらいによく聞かれた。

正直言って僕はやりたい仕事などなかった。

しかし、仕事をしないという選択肢はなく、仕方なく何かを選ばないといけない。

そうなると、給料や年間休日、労働時間、福利厚生などの労働条件を見て、少しでも良い労働条件の会社を探しながら就活をした。

しかし、その会社の仕事内容には何の思い入れもなく、自己PRを書く時に何を書こうか迷った。

正直言えば「週休2日制で、給料もまぁ、ある程度良いから貴社を志望しました」としか言いようがない。

 

テレビ番組のコメンテーターや大学の教授たちは「仕事の内容でなく、休みの多さで仕事を選ぶ就活生が多く情けない、やりたいことはないのか」と言っていた。

それを聞いて僕は、何だか自分がダメな奴なんだと思えてきて「やりたい事」を真剣に探さないといけないといけないんだなぁ、という考えに至った。

 

「やりたい事」って言われても、その仕事をやった事が無い人間にとっては、その仕事のごく表面的な部分しか見えていない。

せいぜい「カッコいい」とか「憧れて」とか「扱っている商品が好きだから」程度の事だろう。

「とにかく大手企業、一部上場企業が良い」という就活生がいまだに多いのも「カッコいいから」だと思う。

大学生だった僕には、その「気持ち」が、果たしてどのくらい実務に活かされるのか甚だ疑問だった。

 

それから僕は、労働条件よりも「好きな事」を重視して仕事を探すようになった。

そして、学生時代に「ずっと利用していたサービス」の会社を受けた。

そのサービスについては人よりよく知っている自信があり、友達を紹介したりもしていたので、その事を面接で話したらあっさり内定した。

その時は、やはり「好きな事」を仕事にした方が人事にも評価されるし良いのだと思った。

好きな商品やサービスについては語れるし、人事側としても、そういう人間の方が仕事に対するモチベーションも保ちやすいと判断するのだろう。

 

しかし、実際に働いてみると面白くも何ともなく、その上かなりの長時間労働をする事になった。

そう、「商品やサービスが好き」なのと「それを売る事が好き」というのは全く異質なものだった。

僕は、サービス業の会社に就職したのだが、サービス業は基本的に長時間労働だ。

そして、立ち仕事であり、常に客から所作を見られていて、多大なストレスとなる。

その上、全ての客から好かれる事は不可能で、上手くいかない場合も出てくる。

上司はそこを注意するので「何をどうしても無限に注意される」のである。(上司に気に入られる事で注意されなくなることは後で知った)

 

接客という仕事そのものは、数年勤務する中で慣れて行って、むしろ得意になっていった。

上司や客からも仕事の姿勢を褒められるようにもなったが、接客を楽しいと思う事はなく「仕事に熱中して時間を忘れる」事は全く出来なかった。

客がいない時間に突っ立っているのも不快で苦痛だった。

そして、何よりも苦痛だったのが「長時間労働」だった。

 

「凡人」と「結果を出せるすごい人」の違いは「その仕事に熱中できる熱量」だと思う。

めちゃくちゃ高い熱量を持っている人は「時間を忘れて熱中できる」のだ。

世間で「才能」とか呼ばれているものは、ほぼこれだと僕は思っている。

「結果を出せるすごい人」同士の超絶ハイレベルバトルではそれにプラスアルファの「才能」が必要だと思うが。

「凡人」は何故「凡人」かと言えば「何事もそこまで好きじゃなく、何事もそこまで頑張れないから」なのだ。

その「熱量の低い人間」の「何となくの好き」で仕事を選んでしまうと「好き」より「大変な部分」が上回り、とんでもない苦痛を味わう。

「好きな事を仕事に」というのがまかり通るのは「生まれ持った『好き』の熱量が半端ない人」=「凡人でない人」だと思う。

そうなると、凡人はどうやって仕事を選べばいいのか?

 

まだハッキリとはわからないが、僕は何かの仕事に「夢中になって時間を忘れる」ほど熱中する事は出来ないような気がする。

僕は「生まれ持った『好き』の熱量が少なめな人」=「凡人」なのだと思う。

仕事より、家族と過ごす時間や趣味を重視して生きていきたいと思っている。(趣味だってそんなにめちゃくちゃ熱量を持って取り組む事はない)

若い頃からそうだったが、世間の「好きな事を仕事にして全身全霊で取り組め」「何かを徹底的に好きになれ!」「それで食っていけるくらいに昇華しろ!」という圧力は凄い。

それに屈して「自分の本当にしたい生き方」から遠ざかっていた。

 

昨今、長時間労働は社会問題になり、僕のこのエントリーを見た人の中にも「終電帰りが嫌だ?甘えた事言うな!世の中そんな会社ばっかりだよ!」という意見を持っている人もいるかも知れない。

そして「適正時間労働」の会社を探すのは簡単ではないかも知れない。

 でも、だからこそ「年間休日や労働時間を最優先した就活をする」という事が重要な人生戦略になってくると思う。

僕が学生時代に否定された考え方だが、社会人として実際に働いてみて、改めてこの考え方が正しいと実感した。

 

凡人は「好きな事を仕事にする」ではなく「一番嫌な事は仕事にしちゃダメ」なのだ。

 

もちろん、全ての嫌な事を回避するのは困難だが「これだけは我慢できない」という要素を理解して、それを避けて会社を選ぶ。

凡人に必要な「自己分析」だと思う。

 

僕は、この「凡人」という言葉を悪い意味で使っていない。

特別な能力(飛びぬけた何かへの熱量)は持っていないが、真面目に普通に仕事をする人の事をあえてこのように呼んでいる。

「凡人」がいかに幸せに暮らせるか?が社会にとって重要だと思う。