読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぽんの考え事

雑記と体験談+考え事

「好きな事を仕事にしよう」で失敗する人

f:id:ponmotokeiei:20170222004400p:plain

僕が大学生の頃はすごく言われていて、今も巷でよく聞く言葉に「好きな事を仕事しよう」というものがある。

「何かしたいことはないのか?」と、就活を始める前くらいによく聞かれた。

正直言って僕はやりたい仕事などなかった。

しかし、仕事をしないという選択肢はなく、仕方なく何かを選ばないといけない。

そうなると、給料や年間休日、労働時間、福利厚生などの労働条件を見て、少しでも良い労働条件の会社を探しながら就活をした。

しかし、その会社の仕事内容には何の思い入れもなく、自己PRを書く時に何を書こうか迷った。

正直言えば「週休2日制で、給料もまぁ、ある程度良いから貴社を志望しました」としか言いようがない。

 

テレビ番組のコメンテーターや大学の教授たちは「仕事の内容でなく、休みの多さで仕事を選ぶ就活生が多く情けない、やりたいことはないのか」と言っていた。

それを聞いて僕は、何だか自分がダメな奴なんだと思えてきて「やりたい事」を真剣に探さないといけないといけないんだなぁ、という考えに至った。

 

「やりたい事」って言われても、その仕事をやった事が無い人間にとっては、その仕事のごく表面的な部分しか見えていない。

せいぜい「カッコいい」とか「憧れて」とか「扱っている商品が好きだから」程度の事だろう。

「とにかく大手企業、一部上場企業が良い」という就活生がいまだに多いのも「カッコいいから」だと思う。

大学生だった僕には、その「気持ち」が、果たしてどのくらい実務に活かされるのか甚だ疑問だった。

 

それから僕は、労働条件よりも「好きな事」を重視して仕事を探すようになった。

そして、学生時代に「ずっと利用していたサービス」の会社を受けた。

そのサービスについては人よりよく知っている自信があり、友達を紹介したりもしていたので、その事を面接で話したらあっさり内定した。

その時は、やはり「好きな事」を仕事にした方が人事にも評価されるし良いのだと思った。

好きな商品やサービスについては語れるし、人事側としても、そういう人間の方が仕事に対するモチベーションも保ちやすいと判断するのだろう。

 

しかし、実際に働いてみると面白くも何ともなく、その上かなりの長時間労働をする事になった。

そう、「商品やサービスが好き」なのと「それを売る事が好き」というのは全く異質なものだった。

僕は、サービス業の会社に就職したのだが、サービス業は基本的に長時間労働だ。

そして、立ち仕事であり、常に客から所作を見られていて、多大なストレスとなる。

その上、全ての客から好かれる事は不可能で、上手くいかない場合も出てくる。

上司はそこを注意するので「何をどうしても無限に注意される」のである。(上司に気に入られる事で注意されなくなることは後で知った)

 

接客という仕事そのものは、数年勤務する中で慣れて行って、むしろ得意になっていった。

上司や客からも仕事の姿勢を褒められるようにもなったが、接客を楽しいと思う事はなく「仕事に熱中して時間を忘れる」事は全く出来なかった。

客がいない時間に突っ立っているのも不快で苦痛だった。

そして、何よりも苦痛だったのが「長時間労働」だった。

 

「凡人」と「結果を出せるすごい人」の違いは「その仕事に熱中できる熱量」だと思う。

めちゃくちゃ高い熱量を持っている人は「時間を忘れて熱中できる」のだ。

世間で「才能」とか呼ばれているものは、ほぼこれだと僕は思っている。

「結果を出せるすごい人」同士の超絶ハイレベルバトルではそれにプラスアルファの「才能」が必要だと思うが。

「凡人」は何故「凡人」かと言えば「何事もそこまで好きじゃなく、何事もそこまで頑張れないから」なのだ。

その「熱量の低い人間」の「何となくの好き」で仕事を選んでしまうと「好き」より「大変な部分」が上回り、とんでもない苦痛を味わう。

「好きな事を仕事に」というのがまかり通るのは「生まれ持った『好き』の熱量が半端ない人」=「凡人でない人」だと思う。

そうなると、凡人はどうやって仕事を選べばいいのか?

 

まだハッキリとはわからないが、僕は何かの仕事に「夢中になって時間を忘れる」ほど熱中する事は出来ないような気がする。

僕は「生まれ持った『好き』の熱量が少なめな人」=「凡人」なのだと思う。

仕事より、家族と過ごす時間や趣味を重視して生きていきたいと思っている。(趣味だってそんなにめちゃくちゃ熱量を持って取り組む事はない)

若い頃からそうだったが、世間の「好きな事を仕事にして全身全霊で取り組め」「何かを徹底的に好きになれ!」「それで食っていけるくらいに昇華しろ!」という圧力は凄い。

それに屈して「自分の本当にしたい生き方」から遠ざかっていた。

 

昨今、長時間労働は社会問題になり、僕のこのエントリーを見た人の中にも「終電帰りが嫌だ?甘えた事言うな!世の中そんな会社ばっかりだよ!」という意見を持っている人もいるかも知れない。

そして「適正時間労働」の会社を探すのは簡単ではないかも知れない。

 でも、だからこそ「年間休日や労働時間を最優先した就活をする」という事が重要な人生戦略になってくると思う。

僕が学生時代に否定された考え方だが、社会人として実際に働いてみて、改めてこの考え方が正しいと実感した。

 

凡人は「好きな事を仕事にする」ではなく「一番嫌な事は仕事にしちゃダメ」なのだ。

 

もちろん、全ての嫌な事を回避するのは困難だが「これだけは我慢できない」という要素を理解して、それを避けて会社を選ぶ。

凡人に必要な「自己分析」だと思う。

 

僕は、この「凡人」という言葉を悪い意味で使っていない。

特別な能力(飛びぬけた何かへの熱量)は持っていないが、真面目に普通に仕事をする人の事をあえてこのように呼んでいる。

「凡人」がいかに幸せに暮らせるか?が社会にとって重要だと思う。

 

「恋愛工学論争」について思う事

f:id:ponmotokeiei:20170206012733p:plain

どうも、ぽんです!

最近、恋愛工学論争なるものが流行っているようなので、ちょっと覗いてみた。

 

d.hatena.ne.jp

 

「恋愛工学」っていうのは、藤沢さんという方が書いた本の中のモテ・テクニック理論で、同氏はメルマガ等でも同理論を広めているそうだ。

それについて、上のリンクの著者が、上のリンクのブログで「女性を物のように扱っていて良くない」と批判した事をきっかけに、ネット上で「恋愛工学論争」が始まったようだ。

 

ネット上の主な意見としては

 

「女性も男性を金づるとしか思っていないので、どっちもどっちだろ」

非モテ男性は女性から酷い振られ方をしているから、女性蔑視の思想になりやすい」

「キモイ男に一途に想われると女性も困るだろうから、このくらい軽い方が良い」

「これで彼女を作れたとしても、その後、良い人間関係を作れない」

 

等があった。

 

以下は、僕の感想。

 

「たくさんチャレンジ、ダメならすぐ撤退」はとても良い

僕の解釈が正しければ「恋愛工学」は「たくさん恋愛にチャレンジして、ダメならすぐ撤退する」という考え方がベースにあると思う。

これ自体は、とても良いと思う。

上に挙げた「恋愛工学論争」での意見の中にもあったが、実情として「興味のない異性からの好意は困るもの」なので、あんまり一途に想われると、女性側も困る訳だ。

だから、振られたらもうキッパリ諦めて「よし!次!」という気持ちになること自体はすごく大事だ。

そして、チャレンジ回数を多くして、いつか成就するまで続ける。

この精神自体はフェアなものだし「女性蔑視」でもない。

これは、恋愛に限らずどんな事でも一緒だ。

 

上記のチャレンジ精神で、普通に恋愛をすれば良いのに、何故か「恋愛工学」では「女性は傷つかないから何をしてもいい」という考えになってしまう。

なぜそうなるのか?

おそらく、「女性に馬鹿にされている」というコンプレックス意識のある非モテ男性たちに売れるように「あえて女性を見下した理論展開」にした「理論を売るための戦略」だろう。

あくまでも僕の想像だが、事実から大きく外れていないと思う。

 

非モテ男性の「本来の欲求」は?

非モテ男性たちは「百人切り」を本来の欲求としているのだろうか?

女性と肉体関係を持てれば、彼らの「寂しさ、虚しさ」は解決するのだろうか?

 

僕はそうは思わない。

「女性蔑視」云々の前に、非モテ男性たちの「本来の欲求」は「彼らの人格を女性から愛してもらう」事なんだと思う。

それには「小手先のテクニックだけでモテる」というのは何の意味も無い。

「恋愛工学」を使って「百人切り」を達成したところで、それは「恋愛工学が優れたノウハウである事の証明になるだけ」なのだ。

 

普通に考えて「自身の人格を人から愛され、本当に満足する」ために「相手を傷つけて良い」という前提には無理がある。

たとえ、うまく相手を騙せて、相手に愛されたとしても、そんな自分を好きになる事が出来るだろうか?

 

僕には難しい。

あなたはどうだろうか?

 

とにかく性欲を解消したい人には良いんじゃない?

上の記事にも引用されているが「恋愛工学」には以下のような一文がある。

「恋愛工学」の小説で、その主人公とモテ・テクニックを教える師匠の会話だ。

 

主人公「この東京の街は、僕たちのでっかいソープランドみたいなもんですね」

師匠「ああ、無料のな」

 

「とにかく性欲を解消したい!!無料で解消したい!!」

 

という人にはとても良いのかも知れない。

「恋愛工学」は、とても体系化されたモテ・テクニックだと思う。

 

それによって、相手を傷つけ、自分も傷つく事を覚悟してやるのならば。

 

ここでも重要なのは「自分の本来の欲求」をハッキリさせておくことだ。

「性欲」と「自分の人格を愛されたいという気持ち」が「モテる」という言葉によって混同されてしまい「自分の本来の欲求」を見失って消耗するのは避けたい所だ。

 

「自分の人格を愛される」にはどうしたらいいのか?

「性欲」を解消したいのではなく「自分の人格を女性から愛されたい」という事が「自分の本来の欲求」だと感じた人は、まず「女性に対してコンプレックス意識を無くして、真っ当にコミュニケーションを取る」事だと思う。

非モテの全容は分からないが「何度も恋愛にチャレンジしてきて、酷い振られ方をし続けた」という人は少数派なのではないだろうか?

どちらかというと「緊張して女性に話しかけられない」という人が多い気がする。

モテ・テクニック界隈で「女性を見下す考え方」が主流なのも「女性を見下す事で、話しかけるハードルを下げる」事に目的があるようにも感じる。

「自分に自信がないから、相手を見下す事でマウントポジションを取る」という訳だ。

これは「付け焼刃の自信」を身に着けるには即効性があるかもしれない。

 

ただし、それでは本当のコミュニケーション能力は身につかないだろう。

本当のコミュニケーション能力を身に着けたければ、変にマウントポジションを取ろうとせず、自分の言いたい事を整理して、可能な範囲で相手に配慮して、話す事だ。

それで、人に嫌われたり、好かれたりしながら、だんだんまともなコミュニケーションが取れてくる。

そうして、自分の伝えたいことを相手に上手に伝えられるようになると「自分の人格を誰かに愛してもらう」事もいつかできるだろう。

 

 

 

ぽん

「弱者叩き」をしている人たちと「労働信仰」

社会問題

f:id:ponmotokeiei:20170205002052p:plain

どうも、ぽんです!

こんな記事を見つけた。

 

business.nikkeibp.co.jp

 

記事によると、日本人は「自力で生活できない人を助ける必要は無い」と考える人が4割らしい。

しかも、この4割という数字は世界1位で、2位のアメリカよりも1割ほど多いそうだ。

これは僕にとって、ビックリする内容だ。

日本人は、何となくだが「優しくて気が良い」ような印象を持っていたからだ。

 

 

しかし、思い返せば、昨年の痛ましい事件、相模原での障碍者施設を狙った19人殺傷事件でも、犯人側の味方をする人がネット上に一定数いた。

 

彼らの主張は「障碍者は生産性が無い上に生活費が税金で賄われているので無駄だ」という事らしい。

上の記事の「自力で生活できない人は助けなくていい」と一致している。

なぜ、このような考えになってしまう日本人がいて、それが他国より多いのか?について、今日は考えてみた。

 

日本人の「労働信仰」

 

「他国と比べてどうか」という事は、他国を見ていない僕はハッキリとは言えないが、日本人は「労働こそ至高の価値」みたいな人が多いように思う。

 

特に「正社員」が大好きだ。

ちょっと、会社が肌に合わないからと言って簡単には転職してはいけない。

何度も転職していると、企業から嫌われて再就職できなくなってしまうんじゃないか?と怖くなる。

こういった「圧」はこれを読んでるあなたも、感じることはあるだろう。

 

おそらく、多くの人がこういった「圧」を感じながら、新卒で入った会社で長時間労働パワハラを受けても「我慢して働いている」訳だ。

辛いし、会社に行きたくないが「正社員」という安定を手放したくないので、いやいやながら毎日出勤する。

なぜ手放したくないか?と考えると「正社員から外れるとヤバいという圧」があるからだ。

恋人を作るときも、結婚をするときも、ローンを組むときも、親や友人と会いに地元に帰るときも「正社員」は重要だ。

特に「大手企業の正社員」ならなおさら良い。

それを失わない為に、死ぬほど嫌な事があっても会社を辞められない。

 

そうして「嫌な仕事でも無理して頑張る」が正義となり「それをしないと生活できない」という固定観念が出来る。

その固定概念の中で生きていると「社会保障によって働かずに暮らしている人間が許せない」となってしまい

 

「自力で生活できない人は助けなくていい」

 

に行きついてしまうのだ。

 

本当は、みんな労働が嫌いなのに「労働信仰」により「正社員」でなくなった人間は、もう地獄しかないと思い込んでいるから、仕事を辞められない。

 

「自力で生活できない人」が羨ましいから恨めしくなる

 

 みんな、本当は働く事にうんざりしているのだ。

だけど「正社員から外れるとヤバいという圧」を受けて、思うように動けない。

 

「今は彼女(彼氏)がいないけど、正社員じゃなくなったらますますモテなくなる」

「もし結婚できても、正社員じゃなくなったら家を買ったり子どもを大学にいかせられない」

「正社員じゃないと老後も不安…」

 

正社員を続けていても、これらが保証されるわけじゃないけど、正社員じゃなくなることで、もう完全に手の届かないものになってしまうような不安感に襲われているのだろう。

だからどんなに苦しくても働く。

でも、仕事は本当に苦しくて、職場の人間関係も悪くて最悪だ。

明日も憂鬱で、会社に行きたくない。

そんな時に「自力で生活できない人」が羨ましく感じるのだろう。

そして「こんなに自分は頑張っているのに、その税金で働かずに暮らしている奴が許せない」と、なってしまう。

 

でも「自力で生活できない人」は、彼らが「失いたくないモノ」を元々持っていない事がほとんどだ。

 

本来、人間は自由

 

正社員にこだわらなければ、前述の固定観念を持つことはないと思う。

嫌な仕事の時間を削って、自分が生活できる最低限だけ稼いで暮らせば良い。

非正規社員でも良いから、労働時間を短くして時間的余裕を作って、自分の好きな事をしたり、ダラダラして過ごせば良い。

確かにお金は無いが、自由な時間を取り戻せる。

お金がもっと欲しいと思ったら、もう少し時間を犠牲にして稼ぐお金を増やしても良い。

そうすると「自力で生活できない人」より、色々な選択肢がある自分に気付くと思う。 

 

それがわかった後でも「自力で生活できない人」は羨ましいだろうか?

 

労働信仰が弱者叩きを助長する

 

「仕事は嫌で辛いもの」

「それでも、我慢して働かなければいけない」

「正社員で安定して働きたい」

 

これは、多くの日本人に共通する考え方だろう。

このせいで「自分の人生の全てを嫌いな仕事に浸食されてしまい、全く自分の思うように生きられない人」が多いのではないか。

そのストレスはどんどん蓄積されているのだろう。

そんな社会だから「障碍者は生産性が無い上に生活費が税金で賄われているので無駄だ」という意見が多く出るのだと思う。

 

本当は、労働は「〇〇がしたい!これをするにはお金がいるから、仕事増やさなきゃ!」と「希望が先行している状態」が健全だ。

しかし、今の日本人は「正社員から外れるとヤバいという圧」にやられて、何かがしたいわけではないのに、長時間労働パワハラに耐える。

「弱者叩き」はそういう社会の中で蔓延していく。

 

そういう人たちに「弱者叩きは悪い事だからやめろ」と説教をしたいわけでは無い。

しかし、自分の「心の余裕」が極端に少なくなっている事に気付いた人は、固定観念を取り去り、自分にとって本当の意味で良い生き方にシフト出来れば、少し心持が変わるのではないか、と思う。

 

 

 

ぽん

 

 

 

過労自殺に対しての電通社員の発言について思った事

社会問題

どうも、ぽんです。

この記事を知っていますか?

news.infoseek.co.jp

 

 

この記事を読み、自分の中でいろいろ感じたのでブログに書こうと思った。

続きを読む

満員電車の超絶ストレスから少しでも逃れる方法

ライフハック

どうも!ぽんです!

 

僕は新卒で入社した会社で5年間にわたり、東京の中央線の新宿方面を利用していました。

中央線の上りの混雑はかなりのもので「サラリーマンたちが電車内に押し込まれる図」が毎日当たり前でした。

グイグイと電車に押し込まれながら少しずつ体得した「満員電車でのストレス回避法」を今日は語りたいと思います!

 

続きを読む

物を捨てられない人は部屋が綺麗にならない?そんな事は無い

ライフハック

f:id:ponmotokeiei:20170113175403j:plain

どうも!ぽんです!
仕事を辞めさせられて、しばらくはぼーっとして過ごしましたが、心身ともに回復してくると何かしたくなるんですよね。
そこでやり始めたのが「お掃除」です。
お掃除って良いんですよ。

 

続きを読む

いきなり会社をクビになってからの1か月間の話

体験談

f:id:ponmotokeiei:20170120232207p:plain

どうも!元経営者30代無職の「ぽん」です!

今日は、僕が会社役員を解任された時とその後の1か月間の話を語りたいと思います。

続きを読む